Dear Someone. -社会心理学概論-

社会心理学に関連する記事を載せていきます。

コンピュータ・トーナメント: 上品に生きることの勧め

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 「囚人のジレンマ」を軽くおさらいしましょう。

 お互いの選択が相手の選択に影響するような相互依存関係にある状態をゲームと呼びました。その状態で、①相手と意思疎通ができないときに、②相手に協力するか、裏切るかの選択を迫られているという二つの条件のもとで行われる駆け引きのことを、囚人のたとえになぞらえ、「囚人のジレンマゲーム」と名付けられているということでした。一対一での人間関係をシミュレーションする分かりやすいモデルとして重要な役割を果たしている、というところまで説明しました。

 さて、この「囚人のジレンマゲーム」は一回のみ行われるという前提で議論されてきました。つまり、生涯で一回しか会わないような人間との間で生じる相互関係という非常に限定されたモデルであることが分かります。通常は友人関係、或いは恋愛関係といった半持続的な関係であることが多いですよね。

 R.アクセルロッドは、この「ジレンマゲーム」が繰り返し行われたとしたら、人はどういった戦略を取れば高い成績を取れるのかということを明らかにするために、あるコンピューターシミュレーションを行いました。

 まず、彼はゲーム理論の専門家たちに、最も高い成績を取れるであろう戦略プログラムを募集しました。14人が作成した戦略プログラムに加え、「ランダム戦略(協力か、裏切りかを50%の確率で選ぶプログラム)」を加えた15のプログラムを総当たり戦でそれぞれ200回マッチで行いました((1。そのプログラムの中には、相手の行動を読んだうえで自分の行動を決定するなど、複雑なものもあったそうです。

 しかし、結果は驚くべきものとなりました。最も高い成績を収めたのは、①一回目は相手に協力し、②それ以降は前回出した相手の行動をまねするという「応報戦略」だったのです。アクセルロッドは、更に63の戦略プログラムを戦わせましたが、やはり結果は「応報戦略」の優勝となりました。

 この結果からコンピューターシミュレーションで明らかになったのは、平均して高い成績を収めた戦略に共通する性質として、自ら裏切らない「上品さ」がある戦略が強いということです。逆に言えば、相手を裏切るような「汚い」戦略は高い成績を収めることはできなかったのです。応報戦略とは例えば、「初対面の人には優しく振舞い、同じように優しくしてくれた人間には優しく、ひどい対応をされたらひどい対応をし返す」という、とても単純な行動原理です。しかし、相互協力の状態を幅広く作り出せるという点で(優しい友人関係をごく自然に作れるということです)とても優れた戦略だと言えるでしょう。

 人はどうして「上品」に振る舞わなければいけないのか。どうして知らない人に対しても「笑顔」でいなければいけないのか。その疑問に答えることはできなくても、「上品に振る舞った方が長期的な目で見れば自分の利益を高めてくれるだろう」といった可能性は示唆されています。一対一の友人関係、恋人関係において、お互いが協力し合うという美しい人間関係を保つのが良いということは、道徳感情によって良いことだからという漠然とした理由だけで正当化されるものではなく、理論的に得になるという科学的根拠を持っていることが明らかになったのです。

 更にアクセルロッドは、「応報戦略」を「種の進化のための適応的道具」として優れているかどうかを実験するために、別のコンピューター・シミュレーションを行いました。「ジレンマゲーム」で高い得点を出した戦略は種に属する個体が増加し、低い得点を出した戦略は減少させるという進化アルゴリズムの元、それを1000世代まで繰り返し実行したところ、やはり「応報戦略」をとった種が集団内の比率を高めていったことが分かりました。

 このことは、後に触れる「互恵関係」がどうして起こるのかという疑問に対する一つの答えの可能性を示しているように思えます。それについては、「互恵的利他主義」の項目でまた触れることにしましょう。

 しかし、このコンピュータ・トーナメントでは「一対一」での人間関係が前提となっています。実は、三人以上でゲームを行ったときは、この「応報戦略」が機能しないことが分かっています。では、人は集団でこのようなジレンマに遭遇した場合、どのような行動原理を示すのでしょうか。それについては、また次に説明したいと思います。

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「ねえ、先生。人間が適応して生き抜くためには、応報戦略を取るのが一番なんだよ。だから、僕に協力しなきゃ!単位ちょうだい」

「なにいってんだ。この前お前レポート持ってこなかっただろ。お前は俺を裏切ったんだから、俺もお前を裏切る。それが応報戦略ってもんだろ?」

 

‐‐‐‐‐‐‐脚注

1. 特に14人が作成した戦略プログラムを「実験群」、ランダム戦略プログラムを「統制群」と言います。統制群を実験に取り入れることで、説明したいデータが本当に効果が出ているのかを示すことができるようになります。

 例えば、人間には「偽薬(プラシーボ)効果(薬みたいなものを飲むという気分だけで、まるで薬が効いているかのような現象が起きること)」というものが備わっていて、その薬の本当の効用を調べるには、その薬を飲むだけでは測ることはできません。そのためには、「統制群」である「ただのビタミン剤」を飲んでいるデータが必要になります。

 この実験の場合は、「ランダム戦略」という何も考えずに本能のまま行動を起こすという戦略にならない戦略が「統制群」となっています。いくら最も高い成績を収めても何も考えない戦略に負けてしまっては意味がないですね。

 

社会心理学の意義

社会心理学は、生理的反応や個人の認知、対人関係、集団、文化など、さまざまなレベルの現象をターゲットとし、また、これらさまざまなレベルで定義される変数を独立・従属変数としてとりこんできた「重層的」な領域である。 2009年日本心理学会 「社会心理学の重層性と可能性」より引用

 これは、まさに社会心理学という学問が現在どのような状況にあるかを的確に捉えている文章だと私は思います。あなたはこの定義を読んで、「さまざまなレベルの」が二回も使われていることにすぐに気が付くでしょう。社会心理学は、あらゆる現象を、いろんな仕方で科学的に分析しようとしてきました。

 しかし、その学問の多様性は、様々な理論を乱立していくことになります。例えば、社会心理学が具体的にどういった学問化を説明しようとすれば、「認知的不協和理論」「援助行動」「自己カテゴリー化」…というように、色んな理論を列挙していくのみとなってしまうでしょう。そのような状況では、学問の全体性が見えず、知の体系としては劣っているような印象を持たれてしまいます。従って「社会心理学の意義」がユニークさを保つためには、一種の統合的視点が必要となります。

 そこで、そのような状況を打開しようと研究者が統合的視点からの俯瞰を試みています。例えば、亀田達也は、「適応的視点」と「マイクロ=マクロ関係」いうキーワードを軸に理解しようと試みています((1。そして、冒頭のシンポジウムの企画者である唐沢かおりは、「重層性」という言葉で社会心理学が扱う現象と、科学的手法を説明しようとしています((2。ここでは、その「重層性」「マイクロ=マクロ関係」というキーワードを深く掘り下げて、社会心理学の意義を考察していきたいと思います。

 そのまえに、まずは「マイクロ」と「マクロ」の概念を掘り下げていきましょう。

 まず、冒頭の「個人の認知、対人関係、集団、文化など、さまざまなレベルの現象をターゲットと」する学問は主に社会学の領域でした。社会学とは、日常生活に法則性や因果関係を仮説として提示し、それを検証することによってさまざまな現象を理解しようとする学問です。それによって社会学者は、その時代や地域に共通する概念や認識を記述し、説明しようと試みているのです。社会学の研究対象には主に、個人の行動や相互作用である「マイクロ現象」と、家族や特定の集団、社会や文化といった「マクロ現象」の二つに分けられます((3。このように、「マイクロ=マクロ関係」は主に社会学的な側面から考えられるようになりました。

 社会心理学は、その社会学的関心とは少し異なります。社会心理学はその名称と成り立ちからしばしば「社会学」と「心理学」の中間であるという見方がなされますが、あくまで関心の対象は「人間の心の本質」であって「社会現象」ではありません。このことから特に1970年代以降の現代の社会心理学のことを「心理学的社会心理学」などと呼ぶこともあります((4。例えば、社会心理学では、「貧しい地域では犯罪件数が多い」というような因果関係(Xならば、Yであるという関係)が分かったときに、「『貧しさ』が個人に及ぼす心理的感情について」などといったことを研究対象にするのに対し、社会学では「貧しい地域が周りに及ぼす影響について」といったように、集団行動の考察を試みます。

 少し脱線してしまいました。ここでまた「マイクロ=マクロ関係」に戻ります。先のように社会心理学では、「貧しい地域」といったような「マクロ現象」から、「個人の心理的感情」といった「マイクロ単位」のことを説明しようとします。また、その逆もありまして、例えば「個人が三人集まることによって、本当に文殊の知恵となりうるか」という仮説を立て、検証していく研究もあります。それは、「個人」という「マイクロ単位」の事柄が、「三人」という「マクロ現象」にどう影響を及ぼすかという説明を行う試みであると言い換えることもできます。すなわち、社会心理学では、一種の見方として「マイクロ単位⇔マクロ現象」という相互の関係が成り立っているように見て取れるのです。

 ここまでで、社会心理学のもつ「マイクロ=マクロ関係」が理解できたところで、次に「重層性」について論を進めたいと思います。先ほどまで「マイクロ単位」と「マクロ現象」について二項対立的に論を進めてきましたが、これらは社会心理学をより正しく理解するには、必ずしも正しくありません。冒頭の定義にもあるように、社会心理学はあくまで「さまざまなレベルの現象」を「さまざまなレベルの記述((5」で分析を試みる学問であって、二つの項によって分けることはあまり適切でないように思います。そこで、概念として「重層性」が投入されるわけです。つまり、社会心理学という学問は、「マイクロな単位の事象から、マクロ現象まで」の行動を説明するべく、「マイクロな単位の事象から、マクロ現象まで」の行動を対象に研究する「重層性」をもった領域であるということになります((6。

 ここまでで、「社会心理学の意義」が含むユニーク性の一つの可能性が明らかになったと思います。社会学にはなかった、科学的な分析を採用していることによって、より個人間の「マイクロ単位」の事象が明らかになる可能性を秘めており、また心理学では難しい「マクロ現象」への考察も可能にしています。

 更に最近では、「神経科学」と密接にかかわることにより、「社会神経科学」という学問が定着してきました。それによって、「脳機能」といった、より「極マイクロ単位」分析から「極マクロ現象」である文化間の行動の差を検証するという、とてもダイナミックな研究も行われています((7。このような、「脳機能から文化の性質を検証する」というダイナミズムは恐らく社会心理学にしかないと思います(ごめんなさい、確証はありません)。

 このように現在の社会心理学では、従来にはなかったようなユニークな意義を持っているように思われます。ちなみに、私個人は「どうして人は誰かを愛することができるのだろう」という疑問を昔から持っていて、一度は哲学を勉強していたのですが、私の知りたかったことは「本質的な愛」ではなく、「愛するという行動」についてのことだったと考えなおしました。このような疑問を解消するには、個人の心の性質を検証するだけでは物足りないと感じ、よりマクロな視点を持った社会心理学にあると考えたのです。私は、この社会心理学を勉強することによって、より視野の広い研究が行えるようになることを期待して、今もこうして色々と模索しています。社会心理学が持つ意義には、社会にどう役立つかといった「マクロ単位」の期待だけではなく、私個人といった「マイクロ単位」の期待にも、もしかしたらあるのかもしれません(関係ないですね笑)。

 

 このブログを読んで、皆さんに社会心理学について興味を持っていただけることを期待しています。

新 社会心理学: 心と社会をつなぐ知の統合

新 社会心理学: 心と社会をつなぐ知の統合

--------------脚注

1. 亀田達也・村田光二「複雑さに挑む 社会心理学」2010 有斐閣

2. 唐沢かおり編著 「新社会心理学 心と社会をつなぐ知の統合」2014 北大路書房

3. 「マイクロ」「マクロ」の日本語訳はそれぞれ「微視的」「巨視的」です。それからわかるように、社会学では「個人間で起こる現象」を「マイクロ」と呼び、「集団単位で起こる現象」を「マクロ」と呼びます。

4. これも、異文化間での人の心理における差異が指摘された1990年代以降においては必ずしも正しいとは言えません。詳しくは社会心理学の歴史参照のこと。

5. 「従属変数」と「独立変数」について説明します。皆さんは中学生の時に、y=axという比例の式を勉強したと思います。端的に言えば、統計学では「y」を従属変数、「x」を独立変数と呼びます。つまり、「x」の値によって、「y」の値が決まるという因果関係を示す方程式となります。その性質から、「従属変数」をその仮説を表す値の目標となるので「目標変数」、その「目標変数」を説明する性質を持つことから「独立変数」を「説明変数」と呼ぶこともあります。簡単に言えば、「科学的な分析」ということです。

6. 「適応的視点」はその「重層性」にとっては少し例外になります。「適応」は、亀田が社会心理学を統合的に理解するために導入したもう一つのキーワードで、「マイクロ単位から、マクロ現象まで」のすべてに対するアプローチの可能性を持っています。今ではこの「適応的視点」も社会心理学のカテゴリーの一つにもなっています(もちろん、「統合的理解」という観点からすれば不本意な結果であると思いますが)。

7. 脚注2と同じ。第一章。

囚人のジレンマ: 協力するか裏切るか、どっちを選ぶ?

 皆さんはこんな経験はありませんか?

 友達と電話していて、突然通信が切れてしまいました。さて、皆さんはかけ直すのでしょうか?ご存知の通り電話はお互いに同時にかけ直してしまうと「通話中」となって繋がらなくなってしまいます。しかし、かと言ってお互いに電話がかかってくるのを待っていてはいつまで経っても通話は始まりません。お互いに示し合わせることのできない状況で、あなたは次にどう行動しますか?

 このように、次にどっちの行動を取っても失敗する可能性があり、選べなくなってしまう状況を「ジレンマ」といいます。日本語訳は「葛藤」ですが、心理学ではそのままカタカナで使われることが多いです。

 よく考えれば、日常生活でもこうしたジレンマは多く存在します。例えば、カレーを取るかオムライスを取るか。早く寝るか、夜更かしして遊ぶか。私たちは常にそうした選択を迫られています。

 さて、冒頭の例に戻りましょう。電話が切れてしまった後の二人の状況をもう一度整理してみます。無事に電話がかかる結果を導く選択は、「相手がかけず、かつ自分がかけた場合」と「相手がかけて、かつ自分がかけなかった場合」です。一方で電話がかからないような状況を引き起こす選択は、「両方かけてしまった場合」と「両方かけなかった場合」です。このように、互いの選択が、相手の選択に依存しているような状況を、社会学では「ゲーム」と言います((1。

 このような「ジレンマゲーム」をシミュレーションするときに最も有名な例として挙げられるものに「囚人のジレンマゲーム」があります。まず、二人の共犯者が重要な犯罪の容疑者として、別件で逮捕されたとします。ふたりは別々の取調室に通され、事情聴取されることになりました。しかし、しばらくしても二人は黙っているので、しびれを切らした刑事はそれぞれ次のような提案をします。

 「このまま黙っているのもいいが、自白した方が身のためだぞ。黙ったまま刑が決まれば今立件されている刑によって懲役3年になるが、もし自白してもう一人の犯行も証言してくれれば減刑して懲役1年で済ませてやる。しかし、もしあっちが自白してお前が黙ったままなら、刑は重くなって懲役15年になる。まあ、二人とも自白した場合は両方とも懲役10年だけどな」

 つまり、一人の視点に立って整理すると「相手と自分が両方自白した場合」は懲役10年、「相手と自分が自白しなかった場合」は懲役3年、「相手が自白せず、自分が自白した場合」は懲役1年、「相手が自白して、自分が自白しなかった場合」は懲役15年となる。もっとわかりやすく言えば、相手を裏切れば軽い刑で済むけれど、相手も裏切ると共倒れになり、相手に協力すればまあそこそこの刑で済むが、もし裏切られれば最も重い刑を執行されてしまう。このように、「囚人のジレンマゲーム」は、①お互いに意思疎通できない状況で、②相手に協力するか、裏切るかの選択を迫られているというような相互依存関係をシミュレーションする一つの分かりやすいモデルとして、社会心理学では重要な役割を担っています。

 さて、人は「囚人のジレンマゲーム」と似たような状況に陥った時、どのような行動を取る傾向にあるのでしょうか。相手を騙すのか、或いは相手に協力するのか。「自己と他人の関係」を考えるうえで、このようなジレンマに直面することは避けられません。社会心理学とはで少し触れたように、「適応的視点」からこのジレンマゲームを眺めたとき、この思考実験は、人がどのようにジレンマを回避し社会に適応しているのかという問題を提起しているという点で、非常に重要な問題となります。

 実は、R.アクセルロッドがコンピューターでこの仮想のゲームをシミュレーションしたときに、意外な戦略が最強であることが判明しました。その戦略については、次回説明したいと思います。

 

「この前妻にケーキを買ってきたら、『ダイエット中になんてもの見せるの』と怒られたもんで、今回は豆乳を買ってきたんだ、ほら妻よ、これで痩せるの頑張ってな」

「え?もうとっくに痩せたわよ!!見てわかんないの!?最低!!!」

「はぁ、全く。どっちを選んでも怒られる。これじゃあ囚人のジレンマだな。まぁ、ゲームをしているのは俺一人だけなんだけど」

 

Next: コンピュータ・トーナメント

 

------------------脚注

1. ゲームを行う際に、自分がどのような選択をすればいいかを方程式を用いて分析しようとする理論を特に、「ゲーム理論」と呼びます。

社会心理学に関するお勧めの本

 社会心理学は非常に学際的で、勉強するのがとても難しい学問です。しかし、ありがたいことに世の中には本当に便利なツールがそろっています。ということで、私が勉強するときに参考にしている本を紹介したいと思います。

 まず一つ目はこちら!

社会心理学キーワード (有斐閣双書―KEYWORD SERIES)

社会心理学キーワード (有斐閣双書―KEYWORD SERIES)

 なんといっても情報量がすさまじいです。社会心理学関連の用語が100項目にわたって詳細に書かれており、また名だたる研究者たちが書いているのでとても分かりやすい。とりあえず専門用語はこれで十分です。

 前から順番に読んでいくのもよし、知りたい言葉だけ調べるのもよしというように使用用途もとても幅広いです。

 少々難点を言えば、太字になっていないのでキーワードがわかりにくいのと、発行年が2001年と情報が少し古いです。しかし、この本と次の一冊を並行して読むことでその問題は解決します。その著作はこちら!

複雑さに挑む社会心理学  改訂版--適応エージェントとしての人間 (有斐閣アルマ)

複雑さに挑む社会心理学 改訂版--適応エージェントとしての人間 (有斐閣アルマ)

 この本は、社会心理学とはでも紹介しましたね。この著作では、社会心理学を「適応的視点」と「マイクロ=マクロ関係」という二つの概念から統合的に理解しようとする試みを目的として議論が進められている他、現在の社会心理学の学問的意義と難点について鋭く考察が行われています。

 なんといってもこの本の長所は、各章の終わりに、サマリー(要点)が載っていて、見返したときに頭の中に論点がすっと入ってきます。また、キーワードも太字になっていて見やすく、具体例を混ぜながら細かく解説されているので本当にわかりやすいです。しかし、初学者向けの本ではないので、先に紹介した『社会心理学キーワード』と並行して読むのが一番だと思います。

 次は社会心理学とは離れますが、学ぶためには欠かせない統計学について勉強するのにお勧めの本を紹介します。

心理統計学の基礎―統合的理解のために (有斐閣アルマ)

心理統計学の基礎―統合的理解のために (有斐閣アルマ)

 この本は本当にお勧めです。私は数学があまり得意な方ではありませんが、この本では初学者にも分かりやすいように複雑な数式は省かれていますが、理解に必要な途中式はしっかり記載されているため、十分な理解を得ることができます。

 また、範囲も相関係数や母数などの基本的な単語の説明から、分散分析や共分散構造分析などといった多変量解析の内容までしっかりと学習できるため、この本を読み終わったら統計学に対する苦手意識は恐らく少なくなると思います。

 しかし、統計学自体が難しいので、なかなか読んでいるだけでは身に付きにくいと思います。そう言った方にはこちらもお勧めします。

心理統計学ワークブック―理解の確認と深化のために

心理統計学ワークブック―理解の確認と深化のために

 こちらは、先ほど紹介した本に沿った演習問題になっています。豊富な問題量と十分すぎるくらいの解説が載っており、すべて演習し終えたら統計学の理解がさらに深まることでしょう。

 さらに各章ごとにトピックが設けられていて、Rでの統計分析の方法が記載されているため、統計的手法に対する知識がぐんと増えます。

 実は、2014年に先の『心理統計学の基礎』に続編が発行されて、それには効果量やマルチ分析学、ベイズ統計学などといった発展的内容が扱われているのですが、この演習本も早く出ないかと楽しみにしているところです。笑

 以下も私にとってはとても重要な本ですが、字数の関係上少し触れるだけにします。

新 社会心理学: 心と社会をつなぐ知の統合

新 社会心理学: 心と社会をつなぐ知の統合

 こちらは、「マイクロ=マクロ関係」から、社会心理学を重層的に理解することを目的とした著作となっております。今まで横割り的なアプローチの多かった教科書とは違い、「脳と心」「文化」「進化的アプローチ」といった少し異なった視点から俯瞰することが試みられています。2014年発行なのでとても話題も新しく、社会心理学の理解を深める教材としてとてもお勧めです。しかし、少し初学者には難しいかもしれません。

社会心理学概論

社会心理学概論

 社会心理学に関して新しい知見を増やしたいならこれがお勧めです。2016年10月発行と最近出版されました。内容も古典的研究の解説から、マスメディアや裁判といった比較的日常の話題までトピックがとても盛りだくさんになっています。

グラフィック社会心理学 (Graphic text book)

グラフィック社会心理学 (Graphic text book)

 ダメ押しで知識を増やしたいならこの本しかないでしょう。左ページで用語の解説、右ページでその用語にかかわるグラフが載せてあることで、専門用語の内容を視覚的に理解することができます。ただ、内容がとても豊富なので、初学者にはあまりお勧めできません(というか私もまだ全部読めていない…)

 

ということで、第一回お勧め本紹介はこれで以上となります。また順次(私が本を読み終われば)紹介していきますので楽しみにしていてください。

社会心理学の歴史

Man is by nature a social animal; an individual who is unsocial naturally and not accidentally is either beneath our notice or more than human. Society is something that precedes the individual. Anyone who either cannot lead the common life or is so self-sufficient as not to need to, and therefore does not partake of society, is either a beast or a god. (訳:人間は本来社会的動物である。必然的に生まれつき社会に属していない個人は、我々に認識され得ないか、或いは人間以上の存在である。社会は個人に先立って存在している。互いに共通の生き方を教え合わない人、或いは自分自身で満足しているために何も必要としない人がいて、それゆえに社会に参加しないのならば、それは獣か神である。) アリストテレス『政治学』 

社会心理学誕生まで

 アリストテレスは、人間を「社会的動物」(或いは、ポリス的動物でしょうか…)と表現した人で有名です。つまり、人間はいつでも「社会」を形成し、「社会」から離れて生きることはできない、という今では当たり前に思われていることを言っているわけです。ですがそれまではプラトンが唱えていた、俗世からの脱却を「美」とした哲学が主流でしたから、そう考えるとこの言葉には重みがあるように思われます。

 集団心理というのは、社会心理学が誕生する前から度々話題に上ることがあったようです。弁証法で有名なヘーゲル(1770-1831)は、集団心理を「社会にとって避けられないくらい関連のある物((1」と言っていたり、心理学の父と呼ばれるヴント(1832-1920)は、人間の思考は言語を通して、文化や共同体によって影響を受け得るとし、晩年は「民族心理学」の研究に打ち込みます。

 一方で集団や群衆の研究を行っていたG.ル・ボン(1841‐1931)は、群衆を単なる個人の集合ではなく、「群衆心」というものが存在することを主張し、社会と個人を結ぶきっかけになりました。同じ時期のJ.G.タルド(1843-1904)は、社会を理解するには、個々の心理的側面を知る必要があると主張し、彼の学説は「心理学主義的社会学」と呼ばれ、社会心理学が誕生するきっかけとなりました。((2。

 そして、1908年に心理学者のM.マクドゥーガル(1871-1942)と社会学者のE.A.ロスがそれぞれ、『社会心理学』の教科書を出版します。マクドゥーガルは人間の行動を本能で説明することで、それを社会心理学に生かそうと試みますが、彼の説は本能の定義があいまいだったということもあり、今ではあまり言及されていません。しかし、1908年が「社会心理学」の始まりであるという見方が今日でも多くなされています

社会学と心理学の統合

 社会心理学はその後、社会学と心理学が並立して発展していくことになります。社会学社会心理学の中心人物であったG.H.ミード(1863-1931)は、「ごっこ遊び」やゲームなどの中で特定の他者の役割や「一般化された他者」の役割を取得する過程を分析して、社会との関係から自己を規定する方法を示しました。彼の研究は、当時心理学がとっていた実験室での手法はとらなかったため、「社会学社会心理学」と呼ばれていました。

 一方で「行動主義(心理学は心や意識というよくわからないものを対象にするのではなく、行動を扱うべきだとする主張)」の祖と言われるワトソン(1878-1958)は、心理学を理論的な立場にするうえで重要な役割を演じました。彼の研究はのちに、「新行動主義」として、スキナーによって引き継がれていきます(スキナーについては後ほど解説します)。

 社会心理学はそうやって社会学と心理学が並立するなか、「環境」と「個人」という単位でお互いに影響を及ぼしながら発展していきました。そこで登場するのが、K.レヴィン(1890-1947)です。レヴィンが活躍した当時は、ヴントの要素主義的心理学(心はいろんな要素で成り立っているという立場)に対抗するようにゲシュタルト心理学(心は全体として意味をなしており要素に還元できないという立場)が主導権を握っていました。彼は、そうした学派の一人でしたが、当時心理学が扱っていた知覚領域から広げ、性格の研究や生活における緊張や要求の問題に対しても科学的に扱いました。こうして「日常生活の問題」を社会心理学で扱うことでその学問の可能性を大きく広げ、のちのたくさんの社会心理学者に大きな影響を与えました(レヴィンについては後ほど詳しく解説します)。

 最後に、社会心理学者で欠かせないのはオルポート兄弟になります。兄のH.オルポート(1890-1978)は、これまで「集団心」という、実体のないものに対して心を持っているとするような考え方を「集団錯誤((3」と呼び批判し、現代の社会心理学でも重要な考え方となっています。

 それに対して弟のW.H.オルポート(1897-1967)(はじめにで触れた社会心理学の定義は彼の言葉です)は、より日常生活についての分析を試み、性格や自己の問題第二次世界大戦後には流言(デマ)や偏見の研究も行っていました。彼の研究内容は未だに社会心理学において不動の地位を占めています。

戦後の社会心理学

 戦後の社会心理学は、(特に日本では)全体主義ファシズム)の反省から、「集団心理」研究対象にすることが多かったため、社会学に関心が偏っていました。しかし1970年代に入ると戦争に対する関心は薄れ、心理学的な要素である実験科学化が進みます。今日では社会心理学は心理学の一分野として受け入れられることが多いのです

 ところで1990年代までの社会心理学では、アメリカなどの「西洋文化」中心で行われていました。しかし、1990年代になると文化間で個人や集団の持つ「心理学的側面」が違うことが議論され始めました((4。また、人間の心の本質を「適応的視点」から見つめなおし、社会的動物という側面からの理解が必要であることを指摘している研究者もいます((5。この動きは、人間の性質が個人の側面からだけではなく、社会や文化というマクロな文脈にも焦点を当てて考えるべきだという流れからきていることは間違いありません

現代の社会心理学

 現代ではさらに、神経科学といった自然科学の分野にも社会心理学が関わっています。例えば、「利他的行動」を促す神経細胞が発見されたり、特定の「態度変容」を促す場合に分泌されるホルモンが研究されることによって、人間の心の本質に対する科学的な分析はさらに進むことになるでしょう。一方で文化心理学といった社会学的な心理学の研究も大きな前進を見せています。このように、「マイクロな視点」と「マクロな視点」が統合的に研究されることによって、社会心理学は更に進歩していくことが期待されます。

-------------------脚注

1. Social Psychology | Simply Psychology

2.『社会心理学キーワード』山岸俊男 有斐閣 2001

3. 例えば「社会が君を必要としている」と言われたときに、あなたは勿論「社会って誰だよ」と思うでしょう。このように「社会」や「集団」という実体のないものを一つの「機能」として扱う考え方を「機能主義」と呼びます。つまり、社会という「機能」に心が存在して、その心が君を必要としているのだというような記述の仕方になります。しかし、その見方は社会をまるで実体のあるシステムであると過大評価していることになります(例えば、学校でいじめが起きたとして、その原因を生徒間に求めるのではなく、学校に求めるのは少し論理的ではありませんよね)。この間違いをオルポートは「集団錯誤」と名付けています。

4. 北山忍(1998)がこれを「文化的自己観」と呼び、西洋文化の人間が持つ傾向を「相互独立的自己観」、東洋文化の人間が持つ傾向を「相互協調的自己観」と名付けています。例えば、西洋人が当たり前に持っていた「根本的な帰属のエラー(後で詳しく解説します)」などが日本人では表れないことを指摘しました。これによって、人間にとって普遍の性質であると考えられてきたあらゆる心理学的傾向が、文化心理学の観点から見直され始めました。

5. 亀田達也・村田光二(2010)は、「社会規範」がどうして存在するのか、どのように形成していくのか、そして社会の構成員である個人はそれによってどのように社会に「適応」していくのかという問いを中心に社会心理学を「適応的人間」という側面から統合的に考察しています。

社会心理学とは

 the study of the manner in which the personality, attitudes, motivations, and behavior of the individual influence and are influenced by social groups.(訳: 個人の人格や態度、動機付け、振るまいが社会的な集団によって影響する、或いは影響される枠組みを研究する学問) -merriam-websterより引用- 

 「はじめに 」でも書いたように、社会心理学とは、社会の中にいる人間の心を科学的に研究する学問です。ですが、あまりに学術的で、主軸となる明確な理論体系(これをメタ理論と言います。例えば数学なら1+1ならば2であるといったような公理など…)がありません。従って、社会心理学が「どういう学問であるか」を一言で表すのはとても難しいように思われます。

 実際僕もいまだに迷うのは、図書館などで社会心理学を勉強するときに「社会科学コーナー」に行けばいいのか、「人文学コーナー」にいけばいいのかという初歩的なことです。実際のところ、社会心理学は「社会学」に属するのか、「心理学」に属するのかが長く揺れてきました((参考 社会心理学の歴史

 今回は社会心理学がどういった内容で研究が進められているかに触れながら解説していきたいと思います。社会心理学の定義にもあるように、それは「集団」と「個人」という観点から(似たような用語でマイクロ=マクロ関係と言います)大きく分けて次の4つに分けられます。

  1. 自己他者との関係
  2. 個人の集合体としての集団
  3. 集団個人へ与える影響
  4. 集団集団の関係

 1の「自己と他者との関係」は主に「社会的認知」という研究領域で扱われています。つまり、「自分とは何か」ということや、「私はどうやって相手と付き合っていけばいいのか」ということを科学的に追求していく分野になります。具体的には、自分を知る心理過程と自己表現の仕方を知ろうとする「自己過程」、他者に対してどういう振る舞いをするかを考える「態度変容」、他人をどう知ろうとするかを研究する「対人認知」などがあります。

 2の「個人の集合体としての集団」は、「マイクロ=マクロ関係」を説明するうえで最も重要な領域となります。例えば、「三人寄れば文殊の知恵は本当か」といった問いや、「人間は集団をどのように形成していくのか」といった内容にアプローチする方法です。具体的には、個人の集まりという認識だけでは説明できないような現象を考える「集団意思決定」、集団内で共有される価値観や判断の枠組みを研究する「集団規範」などがあります。

 3の「集団が個人へ与える影響」は古くから社会心理学の関心の的になっていて、古典的研究が今も多く影響しています。「自分はこの社会にいてどう影響しているのか」を科学的実証を通して発見していきます。具体的には、集団が個人の思考や判断基準を変えてしまう「同調効果」や、個人が集団の中でどのように自己を規定しているのかを考える「社会的アイデンティティ理論」などがあります。

 最後に4の「集団と集団の関係」では、有名な実験は「シェリフの泥棒洞窟実験」でしょう(後ほど解説します)。集団と集団の接触には、個人同士の接触では説明できないような不思議な現象が起こります。具体的には、内集団を高く評価し、外集団を差別する傾向である「内集団ひいき」、集団同士が出会うことによって個人の欲求とは違った結果が生まれてしまう「集団間葛藤」などがあります。

※個々のキーワードの解説は順次行っていきます。

 この他にも、更に「集団と文化」の関係を研究する「文化心理学」だったり、「マルチメディアと社会の変容」を研究したりしている社会心理学者もいらっしゃったりして、上の4つの区別も必ずしも正しいとは限りません。しかし、このように「マイクロ=マクロ関係」の視点で社会心理学を統合的に俯瞰すれば、自ずと全貌が明らかになってくるはずです(僕もできてはいませんが…)。

 

 社会心理学を統合的な視点から分かりやすく解説している著書に『複雑さに挑む社会心理学 適応エージェントとしての人間』(亀田達也・村田光二 2010 有斐閣アルマ)があります。この本では、先の「マイクロ=マクロ関係」と、進化の領域から見る「適応的視点」の二つのキーワードを軸に、社会心理学が解説されています。とても分かりやすく、興味深い話題がたくさんありますのでお勧めです。

 

複雑さに挑む社会心理学  改訂版--適応エージェントとしての人間 (有斐閣アルマ)

複雑さに挑む社会心理学 改訂版--適応エージェントとしての人間 (有斐閣アルマ)