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Dear Someone. -社会心理学概論-

社会心理学に関連する記事を載せていきます。

社会的ジレンマ: 人はどうしてごみをポイ捨てしない?

社会心理学

Previous: コンピュータ・トーナメント

 

A「ねえ、駅にあるごみ箱がいっぱいになってんだけど。ごみが捨てられないじゃん」

B「そりゃあ、お前みたいなやつしかいないからだよ。持ち帰れよ」

A「だって、このごみ邪魔だもん」

 

 前回は、R.アクセルロッドの「コンピュータ・トーナメント」を説明しました。軽く復習すると、「囚人のジレンマゲーム」のようなゲームが永続的に続くような状況をコンピュータで再現したときに、「応報戦略」が最も生き残ることができるこということが分かりました。「応報戦略」は自らは絶対に裏切らない「上品な」戦略という性質を持っていました。

 しかし、これは1対1の総当たり戦を想定したゲームであり、実は「応報戦略」はプレイヤーが三人以上いたときには機能しないということが分かっています。なぜなら、相手の行動をたとえまねしても、第三者に裏切られる可能性があるからです。社会においては、1対1の駆け引きよりも、より大勢とのコミュニケーションが求められることが多いと思います。人はそのような状況に直面したときにどういった行動を取りやすいのでしょうか。

 ここで一旦冒頭の例に触れてみましょう。駅のごみ箱はたくさんの人間がごみを持ち込んで捨てていくのでどうしてもあふれてしまいます。ごみが溜まると異臭を放ったりするので、最近はごみ箱が駅から撤去されていることが多いですね。

 そこで、Bさんは「Aさんのような人間しかいないから、ごみが溜まってしまった」と言っています。「Aさんのような人間」とは、「ごみを捨てたいと思っている人間」のことです。人間は皆、「個人的な(マイクロな)欲求」を持っています。例えば、「幸せになりたい」や「おなか一杯食べたい」など自分自身が満たされるための欲求のことをいいます。基本的にそういった「個人的な欲求」は、必ずしも「他人の持つ欲求」とは一致しません。例えば、「自分が幸せになる」には、ときには他人の幸せを奪うことにもなりますし、「おなか一杯食べる」には、ほかの人の取り分をできる限り少なくしなければなりません。

 もう少しスケールを広げれば、「個人的な(マイクロな)欲求」は、「社会的な(マクロな)欲求」と必ずしも一致しないという側面があります。いえ、一致しないことの方が多いといった方が正しいかもしれません。冒頭の例でいえば、「ごみを捨てたいという(Aさんの)個人的な欲求」は、「使う際はごみ箱がいっぱいにならないようにしてほしい社会的な欲求」と明らかに一致していません。従ってBさんの言ったように、「(Aさんのような)個人的な欲求を満たそうとする人間ばかりいるために、社会的な欲求が満たされなくなってしまった」という結論はどうやら妥当なようです。

 このように、「マイクロな欲求」を満たそうとすれば「マクロな欲求」が満たされなくなり、「マクロな欲求」を満たそうとすれば「マイクロな欲求」が満たされなくなるといった状況を「社会的ジレンマ」と言います((1。「個人的な欲求」が集まると、個人間では想定されなかった「意図せざる結果」が起こってしまうのです((2

 では、社会はこういった状況にどう対処しているのでしょうか。その一つの答えを示唆しているものが「社会規範」という概念です。

 「社会規範」とは、社会で共有される「~すべき」「~してはならない」といった価値観や常識のことです。しかし、社会規範は目に見えにくく、実体を持っていないことが多いので(ここでは法律や司法とは区別します)、それがどのように作られていくかという問題は現在でも社会心理学者やゲーム理論家の方々の間で議論が続いています((3。しかし、冒頭の例でいえば、BさんがAさんに向かって「持ち帰るべき」と提案しているという状況では、「社会規範」が機能しているといってもいいでしょう。

 しかし、Aさんが「だって邪魔だもん」と駄々をこねるように、皆がこの「社会規範」を守るとは限りません。例えば、そのような制度を破っても何もリスクが発生しない場合には、他人の「協力的行動」に対して「ただ乗り」する人が現れる可能性があります((4。そういう人が増えれば、やはり「マクロな欲求」が満たされなくなってしまいます。

 これを解決する方法の一つは、「サンクションシステム」の導入です。「サンクション」とは「制裁」という意味ですが、簡単に言えば、「ただ乗り」するような人を「制裁できるシステム」のことを言います。「個人的な欲求」を優先して「社会的な欲求」をないがしろにするような人間を「制裁」することによって、協力的行動をとるよう誘導するといったものです。冒頭の例で説明しようとすれば、「これ以上ゴミが溢れるようならば、ゴミ箱を撤去する」という「制裁」を行い、各個人に「ゴミを捨てさせないようにする」と言ったことですね。これが機能すれば、「社会的な欲求」は無事満たされることになるでしょう。

 しかしながら、それだけでは必ずしも解決するとは限りません。なぜなら、「サンクションシステム」を導入するには、それなりのコストがかかるからです。例えば、誰かを制裁している間は、その人は「個人的な欲求」を満たすことができません。つまり、「社会的な欲求を満たすためにサンクションを行う」か、「個人的な欲求を満たすことを優先するか」という新たなジレンマが登場していることになります。これを特に「二次的ジレンマ」と呼んでいます。つまり、「サンクションシステムを維持する機能」と「個人的な欲求を満たす行動」の間にある緊張をどのように調整していくかという新たな問題が生まれるのです((5

 次に社会的ジレンマを解決するもう一つの例を挙げると、「互恵的利他主義」という考え方が参考になるでしょう。互恵的利他主義とは、お互いが他人のために協力しあうことで、ともに利益を得ようとする考え方をいいます。「情けは人の為ならず」といった言葉にも表れている通り、人間には自分のした良い行いが巡り巡って自分のためになるという価値観が存在します。進化心理学では、他人に協力したことによる「良い評判」が今後の行動を規定するという観点からシミュレーションを行うことで、「互恵的利他主義」を「適応的道具」として用いることによって生じる「社会全体の利益」を維持できる仕組みを解明しようとしています。

 しかし、そのアプローチにも様々な問題が挙げられています。分かりやすい例を一つ上げれば、それは社会に対する人間の「危機意識」です。実は、人間には「社会の利益が十分である」と判断した瞬間に「協力行動」を取らなくなる傾向があります。つまり、「ごみ箱が空であれば、自分でごみを持ち帰らずに捨てる」といった行動を取るのです。これに対して、どういった対処方法があるのかは現在も模索されているところです。

 ここまで、「社会的ジレンマ」から派生する、様々な問題について語ってきました。しかし、社会心理学者の間でこの問題が集団の中でどう解決されているのか(いないのか)という問題についての議論は未だに収束していません。そういった事情から「社会的ジレンマ」は「マクロ=マイクロ関係」の視点から社会心理学を考え得る一つの分野として、関連する研究が活発になっており、現在ではホットな話題の一つとなっています。

 その一つを例に挙げると、「ゲーム理論的アプローチ」が重要な役割を果たしているように思います。そのアプローチの方法とは、社会の力学的な流動を「間接互恵(複数の人がお互いに協力しあう仕組み)」の観点から数理モデルをシミュレーションし、様々な条件を付加しながらコンピュータによって人々の行動を検討していく手法です。こうした理論を検討していくことによって、進化心理学的な新しいアプローチの可能性はさらに大きな広がりを見せることになるでしょう。

 これにて一旦「社会的ジレンマ」のカテゴリーの説明は以上となります。次は、人はなぜ人に協力するのかという問題を与える「援助行動」について説明していきたいと思います。 ここまで読んでくださった方であれば、「社会的ジレンマ」と実は関連してくることが分かると思います。「集団が個人に与える影響」についてより深い知見を与えるような話になりますので、楽しみにしていてください。

 

A「…。Bにあんなことを言われるとは…。そうか、社会的ジレンマか、みんな困っているんだな。少しでもごみ箱の中身を減らすために、余分に持って帰って家で捨てよう」

女「あの…優しいんですね。みんなのために…」

A「え?あ、あぁ、そうですね、みんな困っているので…」

女「あなたみたいな優しい方…私はとても好きです」

A「あ、はは…。僕は、社会に協力することで個人的な欲求も満たすことができたわけだなぁ…」

 

Next. 傍観者効果

---------------------脚注

1. ここに、「マイクロ単位⇔マクロ現象」という関係の力学的なダイナミズムが感じられると思います。社会に個人がどう「適応」していくのかという視点を持てば進化心理学の萌芽を垣間見ることができます。

2. 社会心理学では、オルポートが「集団錯誤」という言葉でマクドゥーガルの「集団心」を批判して以来、「還元主義」的な考え方が主流となってきました。還元主義とは、集団のようなマクロ現象も個人に還元すべきだとする考え方です。この流れは、フェスティンガーが「認知的不協和理論」を提唱したりするにつれより一層加速します。しかし最近では、「社会的ジレンマ」や「集団意思決定」など個人の態度や感情だけでは説明できないような「相互作用」について焦点が当てられてきています。この特性を「全体的心理学的特性」と呼んでいます((6

3. 詳しくは、勁草書房から出ている亀田達也編著『「社会の決まり」はどのように決まるか』を読んでみてください。「社会規範」の構造をあらゆる視点から考察されていてとても面白いです。

4. このように、他人の協力行動にただ乗りするような「フリーライダー」が増えると、集団は大きくなる一方で、その集団で共有する規範がなくなっていきます。一方でそういう状況ではそもそも集団が形成されなくなってしまうとオルソンは主張しています。このジレンマ的問題をオルソンは「集合行為論」と呼んでいます。

5. このような問題を「コーディネーション問題」と言います。亀田達也は、これを群れ生活がうまくいくための問題の一つして取り上げています。興味深いことに、この問題は人間だけでなく、あらゆる生物が直面し、解決するために様々な工夫を行い解決しようとしています。

6. 唐沢かおり編著『新社会心理学 心と社会をつなぐ知の統合』第6章 2014 北大路書房