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Dear Someone. -社会心理学概論-

社会心理学に関連する記事を載せていきます。

社会的交換理論: 遠距離恋愛はなぜ上手くいかない?

Previous: 傍観者効果

 

男「なあ、好きだよ」

女「…。ねえ、そんなことをLINEで書かれても全然響かないんだけど」

男「そんなこと言ったってどうすれば…」

女「会いに来て。会って私を抱きしめて。アイオワから飛んできて、雪かきで疲れた私を癒してよ!!」

男「そんな、だって新潟に行くにはお金が…」

女「お金と私、どっちが大切なの?」

 

前回のおさらい

 前回は「傍観者効果」についてお話ししました。これまで、「人はなぜ協力しないのか」という研究の方針を「人はなぜ協力するのか」ということに転換した重要な概念だということを考察しました。まさに人は「緊急事態への対処行動」を行おうとすると、多くの「不介入」を及ぼす要素があるということが分かりました。

 さて、「傍観者効果」で特に、人の協力行動を抑制していたのは「周りの目」だったと思います。「みんなの前で失敗するのが怖い」、「下心があると思われるのではないか」と言ったような思考回路が問題になっていました。「囚人のジレンマ」や「社会的ジレンマ」でも、人は協力行動を取ろうとするときに自分が協力してどのくらい得をするのか、そして協力した時のコストはどれくらいかを無意識に吟味しています(だからジレンマになるということであるはずです)。今回は、この概念の下地になるような理論である「社会的交換理論」について説明したいと思います。

社会的交換理論とは

 人は様々なものを交換しながら生活しています。例えば誕生日になればお互いに「プレゼント」を交換したり、「お金」を渡して様々なものを購入します。このように、「金銭や物品」を交換することを「経済的交換」と定義したとします。一方で「もの」といっても一概に金銭や贈り物ばかりではありません。友人同士で遊びに行けば、「時間」を対価にして「楽しみ」をお互いに提供したことになりますし、恋人同士では持続的に「愛情」を交換しあい、特別な「幸せ」を与えあっています。このように、「愛情」や「幸せ」など実体のない「対人的相互作用」をお互いに交わす関係性のことを「社会的交換」といい、この「社会的交換」の視点から、対人関係の満足度といった社会の構造を理解しようとする理論的立場のことを「社会的交換理論」と呼びます。

 「社会的交換」は「経済的交換」とは違って、実体がありません。例えば、金銭などは「100円」、プレゼントは「5000円」といったように、「経済的交換」でなされる「財」には、そのもの自体に価値があります。従って、「5000円」の物をもらえば「5000円」分の価値を返し、「一億円」をあげると言われたときには、「そんなものを後々返せる見込みがない」と一蹴することができます。

 しかし、「社会的交換」の場合は「愛情」や「幸せ」、「尊敬」といったようにそのもの自体にはあまり価値はなく、「誰がそれを与えるのか」が重要になってきます。従って、もらう側はすぐさまその価値を判別することができず、長期的な交換関係を形成することになるのです。例えば「この恩はどうやって返せばよいのやら…」といっている相手に、いくら「じゃあ10000円でいいよ」といってもきっと納得することはないでしょう。しかし、「じゃあ、僕とずっと一緒にいてよ」といったような条件であれば、もらう側が与える側を評価していればきっと承諾するはずです。今のように「社会的交換」が明示的に行われることもあれば、暗黙の内に(恐らくこちらの場合が多い)行われることもあるでしょう。

社会的交換理論から派生する様々な仮説

 この理論を理解することによって、多くの概念のイメージがより鮮明になります。例えば「囚人のジレンマ」です。これらは、1対1のときのプレイヤーの「協力/裏切り」の選択が「相互依存関係」にあることから起こる現象を表したゲームモデルです。この「相互依存関係」にあるとき、人がとり得る最も安定して得点を稼ぐことのできた戦略は「応報戦略」でした。応報戦略とは、最初に協力行動を取り、相手の戦略をまねすることによってお互いの協力関係を作り出す戦略でした。つまり、「相互依存関係」であるときに、お互いが「ギブアンドテイク」をするような「社会的交換理論」が成り立つことを説明できる可能性を示唆しているのです

 また、プレイヤーが複数である「社会的ジレンマ」でも同じでした。人間がどうやって「社会的ジレンマ」を乗り越えているかはまだ議論のさなかですが、人は「こうあるべき」という「社会規範」を作り出し、それを遵守するかどうかでその人の「評価」が決まり、その「評価」によって、人の選択が左右することが分かっています。つまり、「社会的交換」でも見られたような「誰がそれを与えるのか」が重要になることと似たような説であることが分かると思います。このように、対人関係の満足度を「社会的交換」によって説明する試みは、対人関係を分析する手法の一つとしてとても有用だと思われます。

社会的交換理論の諸理論

 社会的交換理論には、先ほどの「相互依存関係」のほかに、「権力依存理論」というものがあります。例えば、Aさんが特製オリーブオイルを持っていたとします。そのオリーブオイルは限定生産品で、Aさんの立場でしか手に入らないものです。一方でBさんの妻はそのオリーブオイルがとても好きで、Bさんはそのオリーブオイルを使って料理をすることで夫婦を円満に保っていました。ここで、AさんとBさんの関係を振り返ってみると、先ほどの「相互依存関係」とは違い、「BさんがAさんに依存している」というだけの一方的な関係なのです。しかし、R.M.エマソンはそういった考察にはとどまらず、この関係の解釈を更に拡張して、「AさんがBさんに権力を持っている」というように考察しています。つまり、「相手の依存度が、二者間の権力関係を左右している」というのです。

 この理論を更に拡張して、「Aさんのオリーブオイルによって、BさんはBさんの妻(分かりやすくCさんにします)に幸せを与えられている」と見たとします。ここでは、間接的にAさんのオリーブオイルによってCさんは幸せになっているという構図が見て取れると思います。つまり、AさんとBさんの良好な関係によって、BさんとCさんの仲はよくなり、更にAさんの財がCさんの幸福度を左右している…といったような複雑なネットワークができていることが分かります。エマソンはこのネットワーク構造を分析することによって、権力関係の分布図を作ることができると言っています。つまり、「個人的な欲求」を満たし合う社会的交換理論が、「社会的な現象」である権力分布まで射程を伸ばしたといえます((1

社会的交換理論で遠距離恋愛を考察する

 冒頭の例にあるような遠距離恋愛はどうして続かないのでしょうか。その問題を解決する一つの理論として「社会的交換理論」を挙げることができます。改めて説明すると、アイオワにいる彼氏と遠距離恋愛をしている、新潟に住んでいる彼女が、彼の「好きだよ」という言葉の価値に不満になり、「直接触れてほしい」という財を求めているという場面です((2。しかし、彼も彼で、「アイオワから新潟への旅行費や時間」と「彼女の機嫌」を天秤にかけています。恐らく前者の方が手痛いコストだと思っていることでしょう。このように、遠距離恋愛では、時間的、金銭的なコストが多くかかるため、不均衡が生じることになり、「社会的交換理論」を用いて説明すれば「ギブアンドテイク」が成り立たずに緊張状態が続いてしまいがちであるということができます。遠距離恋愛を続かせるには、お互いに高い報酬をもたらさなければなりません。

 

 以上が「社会的交換理論」の主な概説になります。まとめると、社会的交換理論は、愛情や尊敬といった実体のないものをお互いに交換することで持続的に人間関係を形成するといった見方で、社会における対人関係の満足度を理解する理論的立場でした。その理論は、「相互依存関係」や「権力依存理論」といった仮説を生み出し、さらに「権力分布」などのマクロ現象まで説明できる可能性をもっています。

 次回は、いよいよ「援助行動」についてお話しします。他人への援助はいったいどういうものがあるのかといった具体的な説明に入ると思います。恐らく次回で、この「協力/裏切り」関係に見る単語の解説は終わると思います。結構大変ですが、頑張っていきましょう。

 

男「そりゃあ、君のことも大事だけど、今君の所に行けば俺はもう帰れなくなると思うんだ(本当は時間的にも金銭的にも厳しい)」

女「いつもそうやって…。アイオワに帰れなくなることで何か困ることでもあるの?私と一緒じゃ嫌なんでしょ。それに、社会的交換理論ってやつ?わたしとあなたのあいだで、どうも緊張状態があると思うのよね。私ってそんなに評価低い?」

男「なにを訳のわからないことを…。とにかくダメなんだ。ごめん。でも、好きなのは事実だよ」

女「ふーん、そ…はぁ、もういいわ」

 

Next: 援助行動

 

-----------------脚注

1. この関係を「マイクロ=マクロ関係」といい、社会心理学を統合的視点で考察する際に重要な概念であるということを以前説明しましたね。詳しくは社会心理学の意義をお読みください。

2. 恋愛心理学には「単純接触効果」というものがあります。それは、相手に中立的あるいは好意的な感情を持っているときに「毎日会っている」という事実だけで親しみがわいてくるというものです。例えば、あなたは「席が隣の人」と恋に落ちたことはありませんか。僕はしょっちゅうです(笑)。遠距離恋愛では、接触回数を稼ぐことができず、この「単純接触効果」を得られにくいという見方もできます。たとえ、SNSでやりとりをしていても、それでは補うことはできません。