Dear Someone. -社会心理学概論-

社会心理学に関連する記事を載せていきます。

社会心理学の意義

社会心理学は、生理的反応や個人の認知、対人関係、集団、文化など、さまざまなレベルの現象をターゲットとし、また、これらさまざまなレベルで定義される変数を独立・従属変数としてとりこんできた「重層的」な領域である。 2009年日本心理学会 「社会心理学の重層性と可能性」より引用

 これは、まさに社会心理学という学問が現在どのような状況にあるかを的確に捉えている文章だと私は思います。あなたはこの定義を読んで、「さまざまなレベルの」が二回も使われていることにすぐに気が付くでしょう。社会心理学は、あらゆる現象を、いろんな仕方で科学的に分析しようとしてきました。

 しかし、その学問の多様性は、様々な理論を乱立していくことになります。例えば、社会心理学が具体的にどういった学問化を説明しようとすれば、「認知的不協和理論」「援助行動」「自己カテゴリー化」…というように、色んな理論を列挙していくのみとなってしまうでしょう。そのような状況では、学問の全体性が見えず、知の体系としては劣っているような印象を持たれてしまいます。従って「社会心理学の意義」がユニークさを保つためには、一種の統合的視点が必要となります。

 そこで、そのような状況を打開しようと研究者が統合的視点からの俯瞰を試みています。例えば、亀田達也は、「適応的視点」と「マイクロ=マクロ関係」いうキーワードを軸に理解しようと試みています((1。そして、冒頭のシンポジウムの企画者である唐沢かおりは、「重層性」という言葉で社会心理学が扱う現象と、科学的手法を説明しようとしています((2。ここでは、その「重層性」「マイクロ=マクロ関係」というキーワードを深く掘り下げて、社会心理学の意義を考察していきたいと思います。

 そのまえに、まずは「マイクロ」と「マクロ」の概念を掘り下げていきましょう。

 まず、冒頭の「個人の認知、対人関係、集団、文化など、さまざまなレベルの現象をターゲットと」する学問は主に社会学の領域でした。社会学とは、日常生活に法則性や因果関係を仮説として提示し、それを検証することによってさまざまな現象を理解しようとする学問です。それによって社会学者は、その時代や地域に共通する概念や認識を記述し、説明しようと試みているのです。社会学の研究対象には主に、個人の行動や相互作用である「マイクロ現象」と、家族や特定の集団、社会や文化といった「マクロ現象」の二つに分けられます((3。このように、「マイクロ=マクロ関係」は主に社会学的な側面から考えられるようになりました。

 社会心理学は、その社会学的関心とは少し異なります。社会心理学はその名称と成り立ちからしばしば「社会学」と「心理学」の中間であるという見方がなされますが、あくまで関心の対象は「人間の心の本質」であって「社会現象」ではありません。このことから特に1970年代以降の現代の社会心理学のことを「心理学的社会心理学」などと呼ぶこともあります((4。例えば、社会心理学では、「貧しい地域では犯罪件数が多い」というような因果関係(Xならば、Yであるという関係)が分かったときに、「『貧しさ』が個人に及ぼす心理的感情について」などといったことを研究対象にするのに対し、社会学では「貧しい地域が周りに及ぼす影響について」といったように、集団行動の考察を試みます。

 少し脱線してしまいました。ここでまた「マイクロ=マクロ関係」に戻ります。先のように社会心理学では、「貧しい地域」といったような「マクロ現象」から、「個人の心理的感情」といった「マイクロ単位」のことを説明しようとします。また、その逆もありまして、例えば「個人が三人集まることによって、本当に文殊の知恵となりうるか」という仮説を立て、検証していく研究もあります。それは、「個人」という「マイクロ単位」の事柄が、「三人」という「マクロ現象」にどう影響を及ぼすかという説明を行う試みであると言い換えることもできます。すなわち、社会心理学では、一種の見方として「マイクロ単位⇔マクロ現象」という相互の関係が成り立っているように見て取れるのです。

 ここまでで、社会心理学のもつ「マイクロ=マクロ関係」が理解できたところで、次に「重層性」について論を進めたいと思います。先ほどまで「マイクロ単位」と「マクロ現象」について二項対立的に論を進めてきましたが、これらは社会心理学をより正しく理解するには、必ずしも正しくありません。冒頭の定義にもあるように、社会心理学はあくまで「さまざまなレベルの現象」を「さまざまなレベルの記述((5」で分析を試みる学問であって、二つの項によって分けることはあまり適切でないように思います。そこで、概念として「重層性」が投入されるわけです。つまり、社会心理学という学問は、「マイクロな単位の事象から、マクロ現象まで」の行動を説明するべく、「マイクロな単位の事象から、マクロ現象まで」の行動を対象に研究する「重層性」をもった領域であるということになります((6。

 ここまでで、「社会心理学の意義」が含むユニーク性の一つの可能性が明らかになったと思います。社会学にはなかった、科学的な分析を採用していることによって、より個人間の「マイクロ単位」の事象が明らかになる可能性を秘めており、また心理学では難しい「マクロ現象」への考察も可能にしています。

 更に最近では、「神経科学」と密接にかかわることにより、「社会神経科学」という学問が定着してきました。それによって、「脳機能」といった、より「極マイクロ単位」分析から「極マクロ現象」である文化間の行動の差を検証するという、とてもダイナミックな研究も行われています((7。このような、「脳機能から文化の性質を検証する」というダイナミズムは恐らく社会心理学にしかないと思います(ごめんなさい、確証はありません)。

 このように現在の社会心理学では、従来にはなかったようなユニークな意義を持っているように思われます。ちなみに、私個人は「どうして人は誰かを愛することができるのだろう」という疑問を昔から持っていて、一度は哲学を勉強していたのですが、私の知りたかったことは「本質的な愛」ではなく、「愛するという行動」についてのことだったと考えなおしました。このような疑問を解消するには、個人の心の性質を検証するだけでは物足りないと感じ、よりマクロな視点を持った社会心理学にあると考えたのです。私は、この社会心理学を勉強することによって、より視野の広い研究が行えるようになることを期待して、今もこうして色々と模索しています。社会心理学が持つ意義には、社会にどう役立つかといった「マクロ単位」の期待だけではなく、私個人といった「マイクロ単位」の期待にも、もしかしたらあるのかもしれません(関係ないですね笑)。

 

 このブログを読んで、皆さんに社会心理学について興味を持っていただけることを期待しています。

新 社会心理学: 心と社会をつなぐ知の統合

新 社会心理学: 心と社会をつなぐ知の統合

--------------脚注

1. 亀田達也・村田光二「複雑さに挑む 社会心理学」2010 有斐閣

2. 唐沢かおり編著 「新社会心理学 心と社会をつなぐ知の統合」2014 北大路書房

3. 「マイクロ」「マクロ」の日本語訳はそれぞれ「微視的」「巨視的」です。それからわかるように、社会学では「個人間で起こる現象」を「マイクロ」と呼び、「集団単位で起こる現象」を「マクロ」と呼びます。

4. これも、異文化間での人の心理における差異が指摘された1990年代以降においては必ずしも正しいとは言えません。詳しくは社会心理学の歴史参照のこと。

5. 「従属変数」と「独立変数」について説明します。皆さんは中学生の時に、y=axという比例の式を勉強したと思います。端的に言えば、統計学では「y」を従属変数、「x」を独立変数と呼びます。つまり、「x」の値によって、「y」の値が決まるという因果関係を示す方程式となります。その性質から、「従属変数」をその仮説を表す値の目標となるので「目標変数」、その「目標変数」を説明する性質を持つことから「独立変数」を「説明変数」と呼ぶこともあります。簡単に言えば、「科学的な分析」ということです。

6. 「適応的視点」はその「重層性」にとっては少し例外になります。「適応」は、亀田が社会心理学を統合的に理解するために導入したもう一つのキーワードで、「マイクロ単位から、マクロ現象まで」のすべてに対するアプローチの可能性を持っています。今ではこの「適応的視点」も社会心理学のカテゴリーの一つにもなっています(もちろん、「統合的理解」という観点からすれば不本意な結果であると思いますが)。

7. 脚注2と同じ。第一章。